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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)207号 判決 1977年1月17日

被告人

本籍

東京都杉並区荻窪一丁目六五〇番地

住居

同都同区南荻窪二丁目一二番一四号

会社役員

小井戸正雄

昭和一〇年五月二五日生

公判出席検察官

検事

神宮寿雄

主文

被告人を懲役六月および罰金一五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人が労役場に留置する。この裁判確定の中から二年間、右懲役の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は、左官業、貸ビル業を営む小井戸興業株式会社の代表者として給与収入を得ていたが、そのかたわら、昭和四七年においては売買の回数が五〇回を越え、売買の株数等の合計が二〇万株を越える継続した有価証券の売買をしていた者であるところ、これら有価証券の売買による所得を含めた昭和四七年分の実際の総所得金額は九七、〇九五、五八〇円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和四八年三月一五日、東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号所在の所轄荻窪税務署において、同税務署長に対し、右有価証券の売買による所得を秘して昭和四七年分の実際の総所得金額が三、九四六、〇四〇円でこれに対する所得税額(配当控除、源泉徴収税額控除後のもの、以下同じ)が一七〇、六〇〇円である旨の所得の額を過少に偽った所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得金額六一、一八一、二〇〇円(別紙(二)ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額六一、〇一〇、六〇〇円を免れたものである。

一、証拠の標目

一 被告人の検察官に対する供述調書

一 証人国井誠、桝田健司の当公判廷における各供述

一 小副川英男、小森和彦の検察官に対する各供述調書

一 押収にかかる所得税確定申告書一通(昭和五一年押第一七三五号の符一)

<配当所得の額につき>

一 第一家電株式会社永長左京名義の株式の異動および支払配当金照会に関する回答書

一 中央信託銀行横瀬伸夫作成の右と同標題の回答書

一 中央信託銀行細谷一作成の右と同標題の回答書

一 野村証券荻窪支店長絹田博美作成の証明書と同じく絹田博美作成の上申書

<雑所得の額につき>

一 収税官吏平尾育男作成の昭和四九年六月二〇日付株式売買等損益等調査書

一 同じく同日付株式会社売買回数調査書

一 同じく昭和五一年六月二三日付株式売買株数調査書の訂正

一 桝田健司の収税官吏に対する質問てん末書

一 収税官吏小泉一郎作成の昭和四九年四月二日付図書研究費等調査書

一 収税官吏平尾育男作成の昭和四九年七月二〇日付支払利息等調査書

一 配当所得で掲げた野村証券荻窪支店長絹田博美作成の証明書および上申書

(法令の適用)

判示所為は所得税法二三八条に該当するので、所定刑中懲役刑と罰金刑を併科することとし、その刑期及び金額の範囲内で注文一項の刑に処し、罰金刑の換刑処分につき刑法一八条を、懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を、訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用する。

(弁護人の主張する点に関する判断)

弁護人が法律上の主張として、いわゆる違憲をいう点は必ずしもその根拠が明確ではないが、これを要約するに、

(1) 所得税法九条一項一一号イおよび同法施行令二六条の規定によると、大資本家による株式売買益は非課税とされるのに対し、中小資本家のなす株式売買益には課税されるという異った結果を招来するものであって、これは大資本家と中小資本家という社会的身分による不合理な差別をいうべく、したがってこれら法条は憲法一四条に違反する。

(2) 所得税法施行令二六条二項の規定はその規定自体において用語が不明確なものがあるのみならず、仮にしからずとしても、同条項は国民に広く知らしめていない規定であるのに、かかる規定を株式売買益に課税する実体法上の根拠としてその売買益に対する租税逋脱犯の成立を認めることは憲法三一条に違背する

(3) 国は株式売買の無申告事案につき、これを租税逋脱事犯として摘発をなすか否かを、常に社会景気の助長又は抑制の手段として運用しているが、かかる運用のもとにおいて右の株式売買益につき租税逋脱犯の成立を認めることは憲法三一条に違背する。

というにあると理解される。

しかしながら、所得税法九条一項一一号イおよび同法施行令二六条は有価証券の譲渡による所得のうち非課税所得のみを規定したものであってそれによると、営利を目的とした継続的行為と認められる有価証券の売買から生じる所得は非課税所得とはされておらず、これが課税所得であることは所得税法七条一項一号の規定からも明瞭であって、これら法条が弁護人主張の如く大資本家と中小資本家といった身分により非課税、課税といった差異的取扱を認めているものではないし、所得税法施行令二六条二項の規定自体が不明確なものということもできないうえ、同施行令も適法に公布されたものであることに疑いがないし、株式売買益の申告についての摘発が社会景気の抑制のための運用として手段されていると認めるに足る何らの証拠もないしいうべきであるから、弁護人の前記違憲の主張は、いずれもその前提を欠き失当というべきである。

つぎに弁護人は、被告人は本件犯行時とされている昭和四八年三月当時において株式の売買により生じた所得が課税の対象となるものであることは全く知らなかったのであるから、本件株式売買収入についてこれを所得税確定申告書に記載しなかったとしてもこれによって、被告人に租税を免れようとの故意があったとは認められずそのような故意は存在しなかったのであり、また被告人が証券会社を通じてなした株式取引につき仮名を用いたのも、株式売買益を隠ぺいするためのものではなく、被告人が経営している小井戸興業株式会社等の社会的信用を慮って、それら会社の経営者である被告人がいわゆる「株に手を出している」ことを第三者に知られたくないとの意図に出てたものであり、他に所得税逋脱犯の成立要件としての「偽りその他不正の行為」に該当すべき行為はないから、本件公訴事実につき被告人は無罪である旨を主張する。

しかしながら、被告人の検察官に対する昭和五一年一月一三日付供述調書によると、被告人は昭和四七年中における株式売買はその回数で五〇回位ではきかない位多数回であり(前掲平尾育男の株式売買調査書によるとその回数は二八九回に及ぶことが認められる)、その売買株数も二〇万株を越えていること(前掲平尾育男の株式売買株数調査書の訂正書によるとその合計株式数は一三九七万四五〇株であることが認められる)は知っていたというのであり、かつ株式の売買によって利益が出た場合にそれが課税の対象となることは知っていたけれども、株式の売買益に所得税をかけるという法律もいわば眠っているようなものだと考えていたというのである。ところで所得税法を本件で問題となりうる点のみについて考察する同法はその七条一項一号において、すべての所得が課税の対象となることを明定しており、その例外として九条一一号において有価証券譲渡による所得のうち、一定のもののみを非課税所得としているに過ぎないのであって、同条同号(イ)、同法施行令二六条一項、二項によると、営利を目的とした継続的行為と認められる有価証券売買取引から生じる所得はこれを非課税所得としていないことも明瞭である。

すると、被告人の右供述調書において供述している認識は当然に被告人のなした株式取引に基づく売買益に対応した納税義務が存在することの認識というべきであり、それにもかかわらず、被告人は判示事実摘示のとおり、その所得税確定申告書を所轄税務署長に提出するにあたり、右株式売買益に相当する所得額を除いて殊更に過少に記載した内容虚偽の総所得額を記載した申告をなしたのであって、右の過少申告書提出の行為自体が所得税法二三八条にいう不正の行為に該当する(最高裁三小廷・昭和四八年三月二〇日判決参照)というべきであるから、その他に、取引に際して仮名を用いた否否か、その動機が何であったかに左右されることなく被告人には租税逋脱犯の成立の要件としての故意および不正の行為があったと認めるに充分であるからこの点に関する弁護人の主張は理由がない。

(裁判官 中村勲)

別紙(一)

修正損益計算書

自 昭和47年1月1日

至 昭和47年12月31日

<省略>

別紙(二)

ほ脱税額計算書

<省略>

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